null出版者の観測

IT先端分野を中心に、言語、編集、生活など

わたしの本づくり手法(5. 原稿をどこまで直すか編)

今日の記事では、「編集はどこまで著作物である元原稿を直していいのか?」といった、微妙な問題を扱います。


編集者の仕事を整理してみる

概要は、こんな感じです。ここで問題になるのは、4. の、「編集の裁量で原稿を修正しながらイテレーションする」部分でしょう。

  1. 版元さんと話しをつけ、どんな本を出したら何部ぐらい売れて儲かるか算段してから、誰に書いて(翻訳して)もらうか決める。話がまとまったらキックオフミーティングを開く。そこまで意識高くない場合は、なんとなくスケジュールを切り、関係者にメールであいさつする。
  2. 著者/翻訳者はひたすら執筆&翻訳。編集はちらちら原稿を見て、できるだけ下手に出ながら、著者らが鬱にならないような感想を述べる。酷い原稿が上がってきたときは、むしろなんにも言わない*1
  3. 脱稿したら、まずはこれまでに解説したマークアップをして、原稿整理する(構造化する)。そうしておくと、Re:VIEWならブラウザベースのビューアで、本の仕上がりに近い見た目で確認することができる。
    ★ブラウザビュー入る
  4. 編集の裁量で、脱稿した原稿を直し、上の3.のとの間でイテレーション(繰り返し)を行う。
  5. 編集が自らの仕事を、「テキスト上で原稿内容も構造(マークアップ)も、付属する図版などの要素も完璧だ!」と思ったらDTP担当に原稿一式を渡す。この時点を「DTP入稿」と呼んでマイルストーンにすることがある。
  6. DTP作業が進行し、文字原稿は組版され、図版原稿はレイアウトされ、見出しやコラムや脚注などが、版面設計どおりにビシッとした体裁で制作されていく。
  7. DTP工程でも初校→再校→三校→念校とイテレーションが行われ、各校正段階で編集は、赤字(修正指定)をフィードバックしていく。編集・DTPともに「これで完璧だ!」と思ったら、それを完版*2として、印刷所入稿する。
  8. 印刷所は、さらに、製版に限りなく近い校正紙(青焼き校正)を出してくれる。ここで万一ミスが発見されれば、修正できる最後のチャンスなので修正する*3。青校を戻せば、編集の仕事は完了する。
  9. 以降は、印刷し、製本し、取次に納入され、書店に配本されて読者の手に渡る。


技術書の文章スタイル

専門書には、「同じことは同じ言葉で表現する。比喩はしない」という鉄則があります。文芸書のように、言い回しを変えて行間に何かを含めたり、暗喩を用いて真の意味を伝えるといったことはしません。

文章に関しては、中学生の作文のように、シンプルに同じ言葉と表現を統一して使い、読者に解釈の余地を含ませないことが、良しとされます。

ぼくは夏休みの工作で, テルミンを製作しました. テルミンとは電子楽器の1つです. 低周波発振回路で得られた信号に対して, ヒトの動作(おもに手)と誘電コイルの間の静電容量の変化によって得られた電位差をもとに変調し, その信号を, 後段の増幅回路によってスピーカから発生させます.

上の文章は、中学生が書いたとは思えないほど難しく見えますが、国語的には、「今日、ぼくは〇〇をしました」以上の文体は持っていません。それでも技術書の文章として読めるのは、次に挙げる技術書特有の表現のスタイルが守られているからです。

着目点 スタイル
テルミン テルミンの説明が必要最小限で、「最古の電子楽器」であるなど余計な記述がない
"," と ”." の扱い 論文では、日本語であっても句読点に "、" と "。" を使わず、"," や "." を使う傾向がある
製作 製作と制作をちゃんと使い分けているかもしれない。この場合は工作なので製作で正しい
スピーカ コンピューター、スピーカーなどと無駄な音引を付けるのは理工書では野暮とされる
ヒト 生物分野のやや厳密な表現
スピーカから発生 あくまで物理現象を解説している。「テルミンの演奏」のような、主観的な表現は、使っていない

技術書の編集者としては、どうのようにして、こうした文章に整えていけばよいのでしょうか。

テルミン (大人の科学マガジンシリーズ)

テルミン (大人の科学マガジンシリーズ)

  • 発売日: 2007/09/28
  • メディア: ムック

↓これはテルミンとは関係のない異次元の鉄道の話

てるみな 1 (楽園コミックス)

てるみな 1 (楽園コミックス)

  • 作者:kashmir
  • 発売日: 2014/10/31
  • メディア: Kindle版


用字用語なら問答無用で直す

というわけで、編集は受け取った原稿に技術書としてふさわしくない表記や用語、用字、記法があったら即、直します。また、次のように、直すことに一般的なコンセンサスが得られている事項も、すべて直します。

  • 誤字、脱字
  • 送りの統一(例:行う/行なう→どちらかに統一する)
  • カナオンビキ/語尾の統一(クエリー→クエリ、エンジニヤ→エンジニア、コンテナー→コンテナなど)
  • 漢字の開く/閉じる(辿る→たどる/ひろがる→拡がる、など適度な漢字/ひらがな比率に)
  • 再現性のない文字コード(①、㈱、Ⅲなど環境依存文字は別途指定する)
  • 差別語リスクのある表現(障害者→障碍者、「記者ハンドブック」(三省堂)による)

これらの用字用語統一に関して、編集は本ごとに用字用語統一表を作り、その表を随時改訂しながら、用字用語の統一に臨むものです。わたしが作成した用字用語統一表の例を紹介します。

【用字用語統一】(一部)
 現状       統一
-----------------------------------------------------
 一次元/二次元  1次元/2次元/n次元
 あやめ      アヤメ
 当たる     (ママ)
 後は/後の    あとは/あとの
 後ろ       うしろ
 あらゆる     (ママ)
 いっしょ     一緒
 一切       いっさい

【表記統一】
 ?、!(文中)     ?、!
 %          %
 :、"、;など役物   多用せず半角スペースなどで関係がわかればOK
 「 」        (「〜」〜)等、外せるところは外す
 ( )半角        本文内は( )全角
 [ ]全角      メニューやボタン名

【句読点、役物】
 〜。)         〜)。
 「(〜(〜))」     カッコネスト「〜(〜)」くらいに
 「」内直接話法/引用 「〜『〜』〜」
 固有名詞の『 』    「 」に。書名、作品名であっても基本『 』禁止

【並列表現】
 年、月(並列)   年/月
 共有・統合     共有/統合(並列表現)

【数詞関係】
 1〜0(全角)   半角に
 一、二、三     数値なら1, 2, 3に
 一つ/1つ      使い分け・言葉なら一つ、数値なら1つ
 ...
 二次元       2次元(以下、3次元、n次元)
 二乗        二乗ママで
 二項定理      二項ママ、ほかに二項分類器などあり
 第1四分位数     ママ
 ...
 一年、一ヶ月、一日   1年、1ヵ月
 数箇月、数か月、数ヶ月 数ヵ月
 十、百、千、万     10, 100, 1,000, 万(文体表現ならママ)
 一度、二度       1度、3度(回数)、1度ずつ(×づつ)
             一度に、二度と(文体表現)

この作業では、エディタの機能をフル活用します。インタラクティブに検索し、確認してから置換するのが基本です。

しかし、1,000頁くらいの本を手作業で統一していては、はかがいかないので、一部の確信の持てる統一に関しては、Pythonやperlでフィルタを書いて、バッチで一括置換処理します。

このような作業について、近々に機械学習の成果が応用できるのではないかと期待しています。


少し迷ってから直す件

専門用語の使い方について、微妙に違っている気がするとき、調べてみると意味の芯を少し外していることは多々あります。編集としては、「この語はこんな表現でどうでしょうか?」と疑問出しをして著者に戻します。

先端技術の翻訳書の場合は、まだ日本語の定訳が定まっておらず、あて訳のような語を選ばざるを得ないときもあります。そのような場合、厳密な本であれば、訳注として、「xxxxという語は○○という日本語に訳した」と記したり、巻末に対訳表をつけることもあります。

しかし、もっとも困るのは、原稿がへたくそで、似たような冗長な表現が続いたり、「てにをは」がおかしくて文意が通じなかったり、チャラい陳腐な表現が多く閉口してしまう場合です。

そのような場合、わたしはガンガン文章の通りが良くなるように、直して(リライトして)しまいます。しかし、それはそれで大変な手間がかかる上、著者らと対立して剣呑とした雰囲気になることもあります。

そこで最近では、「技術書の作文文体」のような指針を、あらかじめ著者らに示しておいてから、上がってきた原稿が逸脱している場合には、その指針にしたがって、文体や表現に対しても、切り込みながら直すようにしています。

【リライト方針】 (一部)
であるということ  である(冗長表現へらす)
というふうに    のように(冗長表現へらす)
〜留意のこと。   体言止めが命令にならない表現に(ex.留意してください)
~されたし。    期待語が命令にならない表現に(ex.してください)
絶対に~      使わない(文体表現)
非常に〜      1ページに1つ以下
~ですが、~です。 「~が」の接続は減らす
「あっ」と驚く   強調表現の「」トル。直接話法の「」なら残す
          どうしても強調したいときは、初出のみにする
Aについて(Bでも) 追補表現の()はできるだけ減らす

それでも、著者や翻訳さんによっては、一字一句でも直されるのが嫌な人がいて、最終的に和解できないこともあります。でもそこは、読者の方を向いて、編集が譲ってはいけない部分です。


最終的に出版者が判断すべきことがら

技術書ではあまりない事例ですが、出版物には書いてある内容に差別表現があったり、思想、信条など社会的に偏った主張を繰り返すものがあります。誰なのかわかる範囲で、特定の個人をネタにした人格権を侵害する内容の本もあります(それもフィクションのような形で)*4

であっても、そのつもりで出版するのであれば、その責は出版者に帰するものなので、表現の自由の範囲のことでしょう*5

その一方で、ただちに著作権法に触れるような、他の著作物からの盗用や剽窃、不適切な引用が発生することもあります。

以上の杞憂について、わたしが編集する本においては、それらは厳密に管理されています。

米国のような差別表現にはやたら厳しい国での出版物にも、技術書の中には露骨なジェンダーバイアス/性差別の表現がけっこう見つかります。一般書ではないから気を許しているのかもしれません。

また、あやしい原稿部分をネット全体を対象にテキストマイニングしたら、同一の文章が過去に書かれていたこともあります。編集していると、その一文が本当に本人によって書かれたものかどうかは、なんとなくわかるものです。

こうした事案の解決は、編集というよりも出版者(≒出版社)が判断することなので、事象を報告して判断を仰ぎます。

とくに翻訳書の場合は、著作人格権が原著者にあり、その権利は和訳に対しても有効なので*6、邦書の場合だけ特定の表現を削るとなると、たいへん面倒な許諾が必要になります。

まあこの種のことにはきなきなせずに、平和にいきたいですね。

*1:軸を大幅に変えるか、企画を中止するか、関係者の誰かを交代するなど、政治的な調整になる。そうならないよう、はじめて付き合う著者や翻訳者さんには、1章分くらいのトライアルを頼むことがある

*2:完全版下のこと。デジタルではPDF的にFIXされた状態

*3:印刷入稿したあとの修正には金がかかるので、そうならないよう仕事するのがプロ。青校で10箇所以上修正が入ると嫌な顔をされる(いろんな立場の人から)

*4:柳美里「石に泳ぐ魚」最高裁判例参照

*5:場合によっては訴訟となり法により出版停止命令が下される場合もあるが、その裁きを受けるのも自由を担保する社会機能の1つ

*6:キューブリックがフルメタル・ジャケットで戸田奈津子を降ろさせたように